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第四話 夕暮れ、公園……そして君

last update Last Updated: 2025-05-22 17:33:36

【二〇一五年 杏】

 近所にある小さな公園。

 遊具はブランコと滑り台、それに鉄棒くらいしかなく、端のほうには小さな砂場がある。

 公園の中央にそびえる大きな木からは、少し気の早いセミの鳴き声が響いていた。

 日が暮れても、まだ熱のこもった空気が肌にまとわりつく。

 遊具の影が長く伸び、夏の訪れを告げている。

 どこにでもあるような公園。

 だけど、私にとっては特別な場所だった。

 母との数少ない思い出が残る場所――。

 幼い頃、母と弟の新と三人で、よくここで遊んだ。

 ブランコを押してくれた母の優しい手の温もりも、穏やかに見守る眼差しも、今でも覚えている。

 そんな思い出に浸っていると、ふいに修司の声が聞こえた。

「どうしたの? ぼーっとして」

「え? ううん、何でもない……ただ、ちょっとお母さんのことを思い出してた」

「お母さん?」

 私はブランコの近くの鉄柵に腰を下ろした。

 目を細め、母の面影を探すように空を見上げる。

 修司も隣に座り、静かに耳を傾けてくれた。

「お母さんね、私が小さい頃に亡くなったの。体が弱かったみたい。

 思い出もそんなにないし、はっきりとは覚えていないんだけど……たまに、すごく寂しくなることがある」

「……うん」

 修司は私を見つめ、深く頷いた。

「でも、お父さんと新がいるから、私は幸せ。

 二人のこと、大好きだし、守ってあげたいって思う」

 地面に視線を落としながら、自然と笑みがこぼれる。

 それは嘘偽りのない、本心だった。

「杏の家族は、きっと愛に溢れてるんだろうな。

 お母さんも、お父さんも、新くんも、みんな優しい人なんだろうなって想像できるよ。

 ね、いつか会わせてよ」

 彼の無邪気な笑顔とその気持ちが嬉しくて、私は微笑んだ。

「ふふっ、そうだね。また今度ね」

「うん!」

 二人で笑い合う。

 ああ……なんだかいいな。こういうの。

 大好きな人に、大好きな家族のことを知ってもらえるのは、嬉しい。

「あ、それで、修司は何を悩んでるの?」

 ふと、本題を思い出した。

 彼の話を聞くために、公園に来たんだった。

「う、ん……」

 先ほどまで笑っていた修司の表情が、一瞬で沈む。

 俯き、黙り込んでしまう。

 私はそんな彼を見つめながら、ただ静かに待った。

 二人の間を生ぬるい風が通り過ぎていく。

 しばらくすると、修司はぽつりとつぶやいた。

「俺の父さんは……刑事なんだ。しかも、超エリート」

 修司は苦笑しながら、くくっと喉を鳴らした。

 しかし、その直後、彼の瞳に悲しみがよぎったような気がした。

「警視総監……か。すごいよね。

 あそこまで上り詰めるために、どれだけの犠牲を払ったのかな」

 暮れなずむ空を仰ぎながら、修司は静かに息を吐いた。

 その横顔があまりにも切なくて。

 私はただ、黙って彼を見つめることしかできなかった。

「俺の考えと、父と兄の考えは違っててさ。

 ……あ、そういえば俺、兄さんいるんだ。二つ年上の。

 その兄も超優秀でさ。周りは、きっと父みたいになるって言うし、俺もそう思うよ」

 修司は笑っていた。

 けれど、その笑顔はどこか寂しげだった。

「最近、意見が衝突することが多くて……ちょっと滅入ってた。

 でも、杏といると、それも忘れられるんだ。心があたたかくなる。

 ありがと、杏」

 そう言って微笑んだ修司の表情には、少しだけいつもの明るさが戻っていた。

 私は嬉しくて、口元が自然とほころぶ。

「そっか……。私、家族と衝突したことがなくて。

 そりゃ、たまに喧嘩はするけどさ。

 ――私には、修司の本当の辛さはわからないかもしれない。

 でも、こうやって悩みを話してくれて嬉しい。一緒に考えたり、気持ちを分かち合うことはできるから。

 それに、話してくれるってことは、私のこと信用してくれてるってことだよね?」

 私の言葉に、修司は少し目を見開いた。

「うん……。家族のこと、こんなふうに誰かに話したのは、杏が初めてだよ」

 急に真面目な顔をした修司が、真剣な眼差しを向けてくる。

 視線が絡まり、鼓動が激しく動き出す。

「杏……君と出会って、まだ二か月しか経ってないけど」

 修司は私の目の前に立ち、真正面からじっと見つめてくる。

 その頬は、ほんのり赤い。

「俺は、杏が好きだ」

 一瞬、時が止まった……気がした。

 心臓の音だけが、やけに大きく響く。

 これは夢だろうか。

 ――だって、私もずっと好きだった。

 出会ったあの時から、きっと。

 こんなに早く修司から気持ちを伝えられるなんて、思ってもみなかった。

 嬉しい。

 嬉しすぎて、どうしたらいいかわからない。

 思わず顔を覆い、俯いてしまう。

「ど、どうした? え? 嫌だった?」

 慌てふためく修司の声。

 私は首を横に振る。

 その瞬間、修司の動きが止まった。

 ゆっくりと顔を上げると、修司が驚いた顔でこちらを見つめていた。

「杏……泣いてるの?」

「え?」

 気づかなかった。

 私、泣いてたんだ。

 そっと頬に触れると、指先が濡れた。

 知らなかった――

 嬉しい時でも、涙は出るんだ。

 私がくすくすと笑うと、修司は首を傾げる。

「どうした? 杏、大丈夫か?」

 きっと、彼は混乱している。

 告白したら、突然泣き出し。そして笑い出す私。

 わけがわからないという表情で、心配そうに私を覗き込んでくる。

 修司の瞳をまっすぐに見つめ、囁いた。

「……私も、好き」

「え!?」

 修司はすごく驚いた様子で、一歩後ずさった。

 その反応がおかしくて、私はつい笑ってしまった。

「ふふっ、どうしてそんなに驚くの?」

「だ、だ、だって、そりゃ驚くよ! いきなり、すぎる」

 顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに目を逸らす修司。

 その姿が可愛くて、また笑いがこぼれる。

「もう、そんなに笑うなよ……可愛いけど」

「え!?」

 私の顔が一気に熱くなる。

 きっと、今の私は真っ赤だ。

「……あのさ、もう一回言って?」

 修司が照れくさそうに、私を見つめる。

「え、じゃ、じゃあ修司が先に言ってよ」

 ちょっと意地悪してみた。

 ……というか、私だって、修司の口からもう一度聞きたい。

 修司は少し考えた後、ふっと微笑むと、すぐそばまで近づいてきた。

 熱を帯びた視線が、まっすぐに私を捕らえる。

「杏……好きだよ」

「私も、修司が好き」

 そして――

 私たちは、初めてのキスをした。

 どうして、あなたを好きになってしまったんだろう。

 何度も何度も、そう思った。

 だけど、苦い初恋の記憶は――私の中から、決して消えてくれなかった。

 あなたを忘れたかった。

 ずっと、ずっと――。

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Comments (1)
goodnovel comment avatar
憮然野郎
二人の告白シーン、読んでて胸がギュッと締め付けられるほどドキドキしちゃいました... でも……これから二人の間に辛い出来事が待っているんですよね? そう思うと、不安でたまらないです...
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